だらしない自分が登山を始めて変わった一番大事なこと
↑こういう変われたじゃないんですけどね、、、
タイトル通り、登山を始めてから一番変わったことがあるので今日はそれを書いてみたいと思います。
”だらしない”にも色々ありますが…
自分の場合は詰めの甘さや締まりがないってところです。
35歳にもなれば嫌でも痛感してきた、自分の嫌いな部分ですね。
も~ね、モノゴトの8割がたに差し掛かってくると気が抜けちゃうんですよ 笑
「もう大丈夫っしょ♪」とか勝手に思っちゃったりしちゃう。
結果がまだ出てない状態だってのに、もう少しでゴールだぞってところで”ふっ”と一瞬気が緩んじゃう癖があったんですよね。
これは子供の頃からそうで、一人っ子で育って競争心てものを知らずに育ったせいだーとか飽きっぽい性格にした親のせいだーなんて周りの環境のせいだと決めつけていた時期もありました。
今思えば完全に自分の落ち度なんですけれどね 笑
登山を始めてやり抜く力が身についた
結論から言うとこういうことです。
当たり前ですが山に登ってみると、工程の後半になればなるほどしんどくなってくるんです。足は上がらないし息は上がるし荷物は重いわ腹は減るわ…
とにかく
「何してんだろう俺は…ハァ…ハァ」
「もう向こう数か月は山になんて登んね~…ハァ」
なんて状態になるんです。
でも当然のことながら登らないと目的地に着きませんし、引き返すにしても登山口まで行かなくてはなりません。
そうなってくるとどちらにせよやるしかないんです。
やりたくないけどやるしかないんです。
だらしないは通用しないし、8割がた登ったのでOKというわけにもいかない。とにかく登りきるしかない。
(ビバークしろやってのはナシの方向でおなしゃす)
繰り返しこういう経験をすると自然と何事もやり抜く力ってのが付いてくるもんだなと感じております。
副産物
やり抜く力というものが付くにあたって、当然ながらその他の力も同時に付いてきます。
自分の場合はネバーギブアップの精神。
元来、器用貧乏の自分は割と何でも上手くこなせてしまったりするので、ある程度のレベルまでは割と簡単にできてしまうんです。
(嫌な言い方になっちゃってますね…)
でも登山はそうもいきません。
上述した通りゴールに付かないと寝床に付くことも出来ませんし、帰ることも出来ません。最悪周囲に迷惑をかけてしまうことになります。
でも山行中、辛くなってくるのは当然です。
そんな時は、もうダメだ…と思ったところからが本番!という考えが自然と出てくるようになりました。
捉え方によっては”ドⅯの極み”のようでもありますが、こう考えるとどんなシチュエーションでも大概どうにかなっちゃいます。
まとめ
山に通うようになって、心身ともに様々な点が変わっていることを実感していますが一番変わったと思う点を書いてみました。
登れない山はありません。遅くてもなんでも登り続けていれば必ず頂上は見えてきます。
今現在、自分の山を皆さん登られていると思います。
景色もいいですし気持ちも良いのですが、登りはしんどくて当然です。
皆それぞれ自分の哲学に従って登ることが一番だと思いますが、たまにはこんな風に考えて登ってみるのもいいもんですよ。
ではでは。